似合わない洋服は捨てました

気まぐれに気の向くままに

2,000文字前後 登場人物3人

noteに書いた物語です

 

タイトル 上書き希望

 

「近いね」恋人のルカがそう言ってベランダの方へ立ち上がった。ボクも隣に並んで稲光が光るのを待っていた。

 ルカはボクよりひとつ年上、大学時代のバイトの先輩で、背はボクとほぼ同じ。ルカの就職が決まり、卒業のお祝にバイト仲間で飲んだ時、女子の中でも背が高くそれがコンプレックスだと恥ずかしそうに言うルカにボクが落ちた。年下という抵抗を押しのけ、やっと受け入れてくれたのはボクが大学を卒業する頃だった。

ルカはベランダの窓におでこをくっつけて「雷が窓ガラスを揺らすのが好きなの」といった。同時に薄暗かった世界が一瞬真っ白になるくらいに光った
「来た」ルカは「いち、にい」と数を数えた。どしーんと地響きのような雷音が鳴り響き窓を揺らした。「おぉー」と嬉しそうだった。



ボクは「あの人は大丈夫だろうか」と旅で出会った人を思い出していた。

 

 あれは、大学卒業を控えた自由気ままなひとり旅だった。
行先は極力決めず、乗りたい電車に乗って降りたい駅で降りる旅。

その日の天気予報は雨だった。宿を出た時から空は曇っていて、その駅へたどり着いた時には もうすっかりあたりが暗くなっていた。
時計を見ると午前11時を少し過ぎていた。
時刻表を見ると次の電車まで1時間待ち。

ふらりと立ち寄った小さな無人駅の待合所は殺風景で、見慣れない飲み物の自動販売機や色あせたポスター、それから地元の幼稚園児が描いたのだろう「駅長さんありがとう」という数枚の絵が飾られているだけだった。

ボクは駅の待合所のベンチに座り、音楽を聴きながら本を開いた。

不思議と田舎にいると、雨が迫ってくるのがわかる。乾いた土のにおいが漂いだすからだ。「来る」ボクは少し得意げにつぶやいた。

遠くに雷の音がかすかに聞こえる。

足音が響いて ふと入り口へ目をやると一人の女性が入って来た。
真っ白なワンピースに赤いパンプス。髪がさらりと長かった。

小さな駅でもこうやって利用者がいる事は良いことだな。
ボクはまた読みかけの本に目を落とした

イヤフォンで音楽を聴いていても だんだんと雷の音が近くなってくるのがわかった。
そろそろ大きいのが来るかなと思った瞬間 外が真っ白に光り雷音が地響きを立てた。居合わせたその人は「きゃあ!」と大きな叫び声を出して手を耳に当て酷くおびえた。

顔面蒼白という言葉は知っていても実際に目の前の人がそのようになるとは思ってもいなかったので、ボクは驚いてその人を見た。
「ごめんなさい。雷が怖くて」
ボクの視線に気づいたのかその人は言った。

雷はそんなことなんてお構いなしにひっきりなしに光っては落ちた。その人はとても小刻みに震えている。

ボクはとっさにかぶっていたキャップをその人にかぶせた。「失礼します。光を閉じて音を聞かないようにすると良いと聞いたことがあるので。」とボクが聞いていたイヤフォンをその人に渡すと、音量をマックスにした。

しばらくして、雷も遠のき雨も小雨に変わった。
「ありがとうございます。」その人はイヤフォンを取りボクのほうへ差し出した。受け取ると「あの、これも、助かりました。」とキャップを取ってボクの手に乗せた。

「いえ、すみません、突然に失礼かと思ったのですが、あまりにも怖がっていらっしゃったので」とボクが言うと「ワンオクですね。わたしも好きです。」と笑った。

それから少し世間話をし、次の電車が来たのでボクが立ち上がると「ありがとうございました。楽しかったです。わたし次の下りに乗るので」とその人は頭を下げ顔をあげ笑顔で手を振って見送ってくれた。

 

「ねえ、君のここには誰がいるの?」
気付くとルカがボクの胸を人差し指で突いていた。

「帰る」ルカは少し口を尖らせてカバンを持った。
「今日は泊まるっていってたのに?」ボクが聞くと
「雨好きだから。」と理由にならない返事をした。

「傘持って帰るね」と前に泊まった時に置いたままになっていた自分の傘を持つと「じゃ」と玄関を出ていった。

ボクは一人部屋に残され、さっきのルカの言葉を思い出していた。
「ねえ、君のここには誰がいるの?」

「誰がいるの?」言葉にしてみた。
誰もいない。ただ、あの日のあの人を思い出していただけだ。

「ちょ!」ボクは慌てて玄関を飛び出しルカを追いかけた。
アパートの階段を降り、どっちだと左右を見渡したが、ルカの姿はもうなかった。
確か赤い傘。ボクは駅の方へ走り出した。

 

「ルカ!」赤い傘を持つルカの細い腕を掴んで呼び止めた。

「痛い。」ルカはボクを睨んだ。

「誰がいるのって、何?何か勘違いしてない?」ボクは少し焦っていた。

「だって、前はいっしょにカウントしてくれたのに、卒業旅行から帰って来てからは雷鳴っても全然楽しそうじゃないんだもの。その度に何か考え事?誰かを想い出してる」

ボクはルカの手をひっぱって、駅前のカフェに入った。
駅前のカフェは思ったよりも賑やかだった。雨が降ると雨宿りに人が増える。

ボクは座って旅で出会ったその人の事を話した。なんてことのない旅の思い出話だ。

「それだけ?」

「それだけ。」

「えー。それだけー?」ルカは少し照れながらそういった。

「びっくりする事するなよ。ここには誰もいない」ボクは自分の胸を人差し指で指した。

「えー。なんかやだー。」とルカはテーブルに肘をついて身を乗り出した

「やだって。なにが」ボクもテーブルに肘を付けて顔を近づけた。

「めんどくさいやつって思ったでしょ」と照れながら言うルカに

「知ってた。」と答えた。

「あーあー。つまんなーい。」

 

外へ出ると雨も上がっていた。
「雨あがったね」ボクが言うとルカが
「この傘、また置き傘になっちゃう」と赤い傘をくるくる回して雨粒を払いながら笑った

「ねえ、今度雷が落ちたら今日の事思い出してよ」ルカがそう言ってボクの手を握った。
ボクはきつく手を繋ぎ返し「そうする」と答えた。

「痛いよ。痛いってば。」
ルカの声が雨上がりの空に響いた。